Hurra! Hurra! Hurra!

デンマーク、ドイツでの海外生活を経て感じた事を発信します。また自分の専門である障害者福祉に関連した発信もどんどんしていきます。

ヨーロッパ生活をしめくくるにあたって

私のワーホリがもうすぐ終わろうとしています。

昨日デンマークを発ち、古巣のベルリンに戻ってきました。

素朴なデンマークに慣れつつあった私は、ベルリンに到着し、次から次へと目に飛び込んでくる奇想天外なファッションをした人達や、街のそこら中で見られる壁の落書きやビールを手に芝生で寝っ転がる人達や、時々臭ってくるウィードの香りなどから、「あーみんなベルリンやってるねぇ。。。」としみじみしていました。

 

デンマークでのホイスコーレの事、なかなか振り返れずにいます。

あまりに濃い時間で、気持ちが昂る瞬間だらけで、胸が痛む事を少なくはなくて、でもかけがえのない時間でした。学生時代をやり直したようです、ほんとに。

振り返ろうとすると胸がギューッと苦しくなります。もう少し時間が必要かもしれません。

デンマークを好きになったし、嫌いにもなった。デンマークは私にとって特別な国となりました。

 

ベルリンを選んだ理由は、特に深く考えていなかった。

ホイスコーレの後はドイツに行くと決めていたし、住みやすそうで文化的にも刺激的そうだから。そんな単純な理由です。

けれど、何もかもがキラキラしているベルリンの夏は、デンマークの学校を離れて急激に環境が変わり、自分のやりたいことを見失った私にとって少ししんどくもありました。

鬱になりかけて、本格的ではなかったものの、気持ちの落ち込みから回復するのにかなり時間がかかりました。あの時で私の中で何かが決定的に変わったようにも思います。全てを失ったって本気で思った。

 

ベルリンが楽しくなってきたのは、インターンシップを始めてからだと思います。

利用者さん達は分け隔て・偏見も無く、私に接してくれました。(まぁみんな珍しがっていただけかもしれませんが(笑))

言葉が分からない私に、自分のまるごとをぶつけてくる。私も全身全霊で自分をぶつけないといけない。そんな思いでした。それはきっと相手に伝わっていたと確信めいたものを感じます。言葉にできない、数値化できない何かがそこにありました。オープンでおおらかな気持ちでいる事の大切さを学びました。

私の前職で身に付けたホスピタリティや介護技術も認めてもらう事ができました。

自分のやっている事がプロフェッショナルとして国と言語を超えて認めてもらう事ができ、私は大きな自信を付けました。

自分の「生業」が何なのかも、少しだけ掴めた経験にもなりました。

 

何より大切なのは、ベルリンで自分の属する事ができる場所ができた事、自分の存在を認めてもらえる場所、自分がどんどん貢献したいと思える場所や人に出会えた事。

これが私のベルリンでの生活を大きく変えてくれたのだと思います。

 

ベルリンに家族がいる。心からそう言えます。

デンマークのホイスコーレで出会ったみんなとも、家族のような特別な絆を感じています。

出会いは財産だとよく言ったものです。たとえ、その場限りの出会いでも自分の心を一生温めてくれる大事な思い出になる。

 

 

私のワーホリは傍から見たら大したことないかもしれない。

世の中にはワーホリを利用してどんどん次に繋げている人達が沢山いるのも知っています。

 

私が苦しくなって鬱になったのは、自分をそういう人達と比べていたから。

それを手放すと一気に楽になりました。

自分の生き方は自分にしかできない。

今までの私は、他人がつくった型に自分をはめ込もうと、自分に他人仕様のラベルを貼ろうと躍起になっていた。

鬱を経験した事が色々手放すきっかけにもなりました。

 

私はワーホリで特にキャリアアップをしたわけではないし、有給で雇っていただいていたものの、それも期間限定。今わたしには何にもありません。

でも、ようやく「自分の人生」を生きる事ができる自信をつけました。

よく考えたら、「自分について知る・考える経験をし、将来の道を選ぶ指標を見つける」ってフォルケホイスコーレの一番の目的だ!

そう思うと私のホイスコーレ留学は大成功なのかもしれない。

そして、ワーホリも「現地の人達との交流から文化理解を深める」という観点で言えば、大成功じゃないか!

 

なんだ!私なんだかんだよくやった!!

 

日本に帰った後の事考えたら、社会的プレッシャーを感じてズーンと落ち込む事もあるのですが、

帰る選択をしたのも私。

一度帰って、日本で色々コミットしたい事があると感じたから。

ヨーロッパで生活して初めて気づいた事が沢山あり、それを自分のやり方で還元したいと思っています。(あんま海外ドヤ顔しないように気を付けないとね)

 

帰るまでに、もう少し冒険してから、日本に到着です。

 

ひとまずは、ヨーロッパで出会った全ての縁に感謝を。

Mange Tak!! Farvel!!

Danke Schön!! Auf Wiedersehen!!

外国人として介護職に従事して思う事

言葉の分からない外国人

知的・精神的にハンディキャップのある人達

マイノリティ同士が同じコミュニティに属し、助け合って生活する事はできるのか。

 

私は「考えるべき課題はあるが、十分可能である」と思います。

 

私自身、言葉の分からない外国人として、重い障がいのある方の通う施設で働きました。

スタッフに大いに助けられながらも、利用者さん達の介助や生活の手助けを仕事としてさせていただきました。

 

結果、私としても大いに学べる機会になったし、利用者さん達にとっても外国人に触れ合う刺激的な経験となったと思います。(実際、スタッフからそのような言葉をいただきました。)

 

 

私が「外国人というマイノリティの立場」で介護職に従事し、感じた事をまとめます。

 

まずは言葉の壁について。

いくら介護技術に優れていても、言葉が理解できなければコミュケーションに齟齬が生じます。

インターンシップを始めた当初は特に、利用者の言ってる事がほとんど理解できず、何をしてほしいのかも分からない。更に私が何かしてあげたくても、それを伝える事ができない。本当にもどかしかった。

更に、緊急時対応の際は、医療機関や保護者と連絡を取らなければならない。利用者さんの身に起こった状況をきちんと伝える事ができる言語能力は必須です。

介護職に従事するならば、言語はきちんとできておかなければならない。これはハッキリ断言できます。

 

かたや一方、言語だけが全てではない、とも思います。

私がそう感じたのは、耳の聞こえない利用者の方と接した時です。

とあるグループで、よく介助させていただいていた方は、耳がまったく聞こえず手話も理解できない方でした。なので、コミュニケーションは身振り手振り。

ほのぼののオープンな方で、私の事も受け入れてくださいました。

私もその方となんとかコミュニケーションを取ろうとしっかり向き合ったのが相手に通じたのかなと思います。

 

こういった非言語コミュニケーションは、介護において非常に重要です。

表情、声のトーン、ポンと肩を叩く、など、言葉の内容以外からの内容で相手に何かを伝える事は可能です。コミュニケーションで相手に伝える事ができる情報は、非言語的コミュニケーションが優先的に相手に伝わるそうです。

利用者の方は、難しい言葉の内容が理解できない方が多いので、このような非言語的コミュニケーションから何かを読み取っている方は数多くいます。

 

私の場合、前職で重症心身障害者の方とよく接していたので、むしろこのような非言語的コミュニケーションには慣れていました。

それもあって、Mosaikの利用者さんとも馴染むのが早かったのかもしれません。

 

なので、利用者さんとの関係作りにおいては、言語が全てではない。

言語を超えた何かが確かに存在する!と私は確信しています。

 

 

生活習慣の違いも少し私を戸惑わせた要因でした。

 

Mosaikでは朝ごはん、お昼ご飯はみんなで食べるのですが、私は自分の食事が終わって何かできる片づけをしようと席を立つとスタッフからそれを注意されました。

でも、確かにみんなで食卓を囲んでいるのに誰かが急にせかせか動き出すと食べてる人は落ち着かないし、利用者さんにとっても良い見本じゃないよなと後で思いました。

皆で食卓を囲む事を大切にする文化がそこにはありました。

日本では真逆でした。日中忙しすぎて、スタッフは食事を済ませた側からサッサと動き始める。いつまでも座っていたらチクリと注意される…そんな職場文化で育ったので、食後サッと動いて片づける習慣が身に付いていました。

更に言えば、女性にそんな役割を求める文化が日本にはまだまだ根深く存在している、とも思います。欧米圏では家事は男女平等負担が基本です。だから食洗機が多くの一般家庭で当たり前に普及している。

 

利用者さんの多くが、生活が「いつも通り」でないと安心を感じられません。

私は経験した事がないのですが、特に老人介護においては生活習慣は大切かもしれません。

ある意味矛盾しているかもしれないのですが、生活に刺激を与えてメリハリをつけるのも大事です。さもないと感性が衰えてしまう。

 

更に私自身も、上記の食卓での経験から、「自分がよかれと思ってやったことが相手に迷惑なるのではないか」と悩む事もありました。

前職ではとにかく空気を読んで、相手が必要としている事を読んでサッと用意する支援。

Mosaikでは相手が言うまで待って(難しい場合は少しずつ慣れるように支援する)、それから相手に自分で用意させるよう支援する。

 

「支援」に対する考え方がかなり異なるのです。

私はMosaik式のやり方が好きです。突き放したようにも見えますが、利用者が自分で発言する力を身に付け、より自立した生活を送れるよう支援する。

 

そんなMosaikで日本式のやり方をやろうとした私は、利用者さんのできる事を奪ってしまいかけて、すぐにスタッフに注意されて気付きました。

 

 

マイノリティ同士の共存という観点ではどうでしょう。

利用者さん達も私がドイツ語が十分に理解できないのを分かっている方もいました。

私も彼らが物事の理解がスローであるのを理解していました。

彼らは彼らなりに私を手伝ったり助けようとしてくれました。

休憩所のドアを開ける役割を担ってくれた人、お皿洗いを手伝ってくれた人、コーヒーを一緒に作る役割をしてくれた人。。。

言葉が分からない外国人である私がそこに存在する事で、彼らが私を手伝うという「役割」が発生しました。

言葉が分からないために迷惑をかけることもありましたが、逆に言えば、迷惑をかけるからこそ、誰かがやらねばならない「役割」がそこに発生するのです。

私は、彼らが成す「役割」に敢えて乗っかりました。

そこにあるのは「共存」だったと私は思っています。

 

外国人である事のマイノリティ、

障がい者である事のマイノリティ、

それぞれ社会で生活するのに困難を感じます。

社会的困難を抱えたもの同士、足りないものをお互いに補いながら支え合っていく。

これからの福祉の在り方のヒントがここに隠れていると私は確信めいたものを感じました。

 

外国人という立場で介護職に従事した、そんな私が思う事です。

是非日本で介護職をされている方は、一度海外でボランティアなどを経験されてみる事を強くお勧めします!

 

語学学校に行かなかった私が実際に使った学習教材や方法~いつでもどこでも学べる時代

外国語の学習について経験した事について前回記事をアップしましたが、

 

hurrahurrahurra.hatenablog.com

 

今回の記事では私が具体的にどうやって勉強したのか、そこで使ったアプリなどについて紹介します。

 

 

ドイツ語に囲まれた環境で過ごすに加えて、私は学校に行かなかった代わりに(まあ正確にはお金の関係で行けなかったんですが)、独学で勉強していました。

 

実際、A1レベル程度であれば学校に行く必要ないと、自分が経た経験で確信しました。

A1だと、それこそ「こんにちは」「おはよう」とか、自己紹介の基本的なものを学ぶという内容なので、テキスト自体もそれほど難しくありせん。

 

特に英語など、ゲルマン語属の言語(デンマーク語など)を既に使える場合、A1レベルのために学校に行くのはどうなのかなーと私個人的に思います。

英語を使える人であれば、ドイツ語の習得は比較的簡単と言われていますが、私もそう実感しました。

 とか言って、試しにアマゾンで「ドイツ語」「英語」とググってみたら、テキストがゴロゴロ出てきました。

英語と一緒に学ぶドイツ語

英語と一緒に学ぶドイツ語

 
新英語から入るドイツ語

新英語から入るドイツ語

 

 みんな思う事はおんなじってことですね!

 

更に図書館に行くと、ドイツ語学習のテキストがゴロゴロあります。

つまりテキストも買う必要もないってことです!その代わり、図書館は学生でなければ利用料がかかります…

(結局私はテキスト買いました。まぁそんな高いものでもなかったので)

 

インターンシップが終わった後、そのまま図書館に行き夜までそこで過ごす、みたいな生活を送っていました。

 

 

 

ここで、私の学習に大いに役立ってくれたにはスマフォのアプリでした。

私が使ったアプリのいくつか。

 

まずはMemrise

 

Memrise - 語学学習アプリ

Memrise - 語学学習アプリ

  • Memrise
  • 教育
  • 無料

 

 

Memriseについては以前別記事でも紹介しました。

hurrahurrahurra.hatenablog.com

 

語学学校でよく見かけるフラッシュカードでの学習をそのままアプリにしたという感じですね。

ひたすらハマってレベル上げしてた時期がありました。

ボキャブラリー増やすのにもってこいだと思います。

 

続いて、私が特にハマったのが、

みんな大好きデュオリンゴ!

 

Duolingo

Duolingo

  • Duolingo
  • 教育
  • 無料

 

はじめは私これ手をつけていなかったんです。

みんなが手を出してるものには手を出したくないというあまのじゃくな性格がこの時まだ生きていまして…(言い換えたら食わず嫌いですね…ほんと損するだけの性格だから即刻直した方がいいです)。

 

でもやってみたら、なんじゃこりゃ!すごいぞ!と目ん玉丸くしました。

自分のレベルが上がっていくごとに、出てくる文法がゆるやかに、しかく確実にどんどん複雑に難しくなっていく!

 

デュオリンゴの魅力を私に浸透させてくれたのが #30日デュオリンゴチャレンジ でした。

tatsumarutimes.com

 

フリーランス系研究者であるたっぺいさんのこちらの素晴らしい呼びかけに私もなんとなく乗っかってみました。

 

 

この30日チャンレンジはドイツ語学習の大きな力となっただけでなく、控えめにいって私の人生を少しだけ変えてしまったかもしれません。

 

まず言語学習において最も大切なのは継続する事。

その「継続」が簡単なようでいかに難しい事であるかは、多くの皆さんの身に覚えがあることと思います。

 

こうして振り返ると、何かを継続して達成した経験ってあんまり無いなと気付かされました。

この時、精神的に色々行き詰っていた私は、「今の自分には何にもないし、大きな期待をせず、ただひたすら30日デュオリンゴを継続する事を目標にしよう。その後の事はあれから考えたらいい。」という思いでひたすら自分に課した30日デュオリンゴチャレンジに取り組みました。

 

この30日チャレンジを経て、私のドイツ語はグーーーーーンと伸びました。

言いたいことが前に比べてすらすら出てくるようになったのを実感しました。

30日チャレンジによって、何かを継続して達成した事と相まって、私は大きく自信をつけ、落ち込んでいた自尊心を取り戻しました。

 

30日デュオリンゴチャレンジのきっかけを作ってくださったたっぺいさんには、本当に感謝しています。(ネット上でお見かけするだけの存在ですが、密かにリスペクトしています。)

 

 

最後に、意外なところからアプリも見つけたものも。

大手ドイツ語学校であるゲーテ・インスティチュート、ご存知の方も多いと思います。

授業料がべらぼうに高くてとても通えんわ!という感じなのですが、

このゲーテ・インスティチュートが無料学習プログラムをオンライン上で配布しているのをご存知ですか?

www.goethe.de

 

立場関係なくあらゆる人に学習の機会を提供する本当に素晴らしい試みだと思います。

スノッブになることなく、本気で自国の言語を多くの外国人学習者に伝えたいという意思が伝わってきます。

 

その中で私が使ってたのはこちらのアプリ。

 

Lern Deutsch – Die Stadt der Wörter

Lern Deutsch – Die Stadt der Wörter

  • Goethe-Institut e.V.
  • 教育
  • 無料

 

自分のアバターが街を散策し、街にある身近なもののボキャブラリーを増やしていくというものです。

進捗するごとにアバターのファッションが増えていったり、

クイズで文法チェックができたり、

オンライン上でつながった他のユーザーと対戦できたり、

なかなか面白くてハマります!英語でもプレイできるようになってるのでドイツ語初心者でも大丈夫!

これ無料ってすごい!と改めて思います!

 

 

こうして、あらゆる手段を使って私は語学学校に行くことなくドイツ語を勉強しました。

時間や予算が限られていても、たとえ学校に行かなくても、学習できる手段や機会は探せば山ほどある時代なんだなーと身をもって実感しました。

言い換えたら、いつでもどこでも時間、場所を問わず、何歳になっても一生学ぶ機会を得る事がより簡単になった時代でもあるんですね。

その恵まれた環境を大いに活用して、これからもどんどん攻めの姿勢で学んでいこうと思います!